私のメインカメラの変遷を表にまとめてみました。この他にも出番の少ないカメラもありますが、カメラ遍歴は概ねこんな感じです。今は高画素撮影をSONY α7RⅣ、一般撮影をFUJIFILM X-T20と使い分けています。コンデジはRX100M3ですが、スマホをHW P20proに変えてからはさほど出番はありません。写真はスマホで間に合う・・てか、スマホの方が見てくれの良い写真が撮れるようになっちゃいましたね。

 最初の一眼レフ”ミノルタSRT101″は父のカメラでした。標準レンズしかなかったので、鉄道写真用に135mmのレンズを自分で買いました。

 1982年から信州での学生生活を開始。近くのカメラ屋さんでX700を購入し、その写真屋さんに入り浸って、レンズも徐々に増えていきました。SRT101は父から強奪したような形になって、モノクロ用のサブカメラに。

 1885年にキヤノン派に転向。マルチスポット測光搭載のT-90の発売がきっかけでした。これがなければOM-4を買ってオリンパスユーザーになっていたかもしれません。

 NewF-1やサブカメラとして表には載せていない、旧Fー1なども併用。世の中がAF時代になっても、しばらくは古いMF機を使い続けました。

 1993年頃からは大判カメラを使い”富士山写真”を主軸に活動。途中から中判カメラ、バケペン(PENTAX67)や表には載せていませんがプラウベルマキナ67も戦力に加えました。

 EOSシステムは、2000年頃に中古で超お安くなっていたEOS-1をまず買い、味見をしてからEOS-3を導入し、本格的に使用を開始しました。それから約20年、EOSとお付き合いすることになります。

 ミノルタを受け継いだSONY 最初のαである”α100″が初めて買ったデジ一でした。上位機種α700が発売されるとそれに切り替えメイン機に。さらにEOSシステムをフルサイズデジ一に切り替え、しばらくはEOS/α併用時代が結構長く続きました。ちょうどその頃、北米に単身赴任でしたので、ジャンルに拘らず自由気ままにあれこれ撮りました。

 今のメインシステムのFUJI Xシリーズは帰国後の2013年頃から、ミラーレスαは2019年から。

 フイルム時代はコンパクトカメラはほとんど使いませんでした。当時流行りのGR1sなどは買ってはみたものの、そもそもスナップ撮影をすることがほとんどなかったので、メインカメラとして表に載せるほどの使用頻度ではありませんでした。

 メインカメラとして初めて使ったコンデジは324万画素のCyber shot S70。次に510万画素のCOOLPIX5400。ここまではメインと言ってもメモ的な撮影に使うことが多かったコンデジですが、1010万画素のPanasonic LX-3を手に入れた時にはその画質に驚嘆。スナップ用にメインカメラとして使うようになりました。ライカブランドでも販売された名機でしたが残念ながら水没。右の写真はその亡骸です。